父は美術に興味があったらしく、よく美術館や画廊を回っていたらしい。
ある時に見た作品に衝撃を受けたそうだ。
「これはまるで俺がmemoreamで見た風景そのものだ。いったいこんな事があるのだろうか?」
「偶然にしろこんな事があるのだろうか。あり得ない!」
「しかし、これは現実だ・・・」
当然、その作家にコンタクトを取ろうとしたが、結局できなかった。作家はいくつかの作品を残して行方が分からなくなっていたらしい。
画廊主は言った。
「もともと、どこか捉えどころのない作家だったのよ。誰の紹介も無しに、いきなりやってきて展示させてくれと言ったのよ。
そりゃうちは貸画廊だけど、相当な老舗だし、重要な作家を扱っている。飛び込みで来るなんて事は普通はしないわよね。
でも、持ってきたポートフォリオを見て、すぐに展覧会を決めたの。それは長年の勘としか言えないけど。その展覧会は話題になって
彼らは急激に知られていったの。でも、ある時突然、発表を止めてそれっきり。連絡もつかない。
色々とあったけど、ウチも作品を預かっていたしこうやって時々展示をしているの。
何故だかは私にも解らないけど、時々こうやって見たくなるのよ、私自身がね。」
「売ってくれませんか?値段はいくらでも構いません」と父は言った。
「買うの?」と画廊主は言って、何か眩しいものでも見るように目を細めて父を見た。
「今言ったように私にも思い入れがあるけど、ずっと持っているわけにもいかないし丁度いいのかもしれない。
失礼だけど、コレクターの方かしら?」
「いえ、違います。研究者ですが、この作品を買わなくてはいけない気がするんです。いや、買わなくてはいけない。」
「どうして買わなくてはいけないのかわからないけど、作品の購入動機としてはまっとうね。でも、これ結構扱いがむつかしいわよ。いじわる言っているのではなくて、後でクレームをつけられるのがいやなの。
写真なんだけど、耐久性に問題があるかもしれないって作家が言っていたわ。技術的に致命的な欠陥があったらしいけど、その欠陥ゆえにこの作品ができたとも。」
「大丈夫。どんなものであっても買います。写真に問題があっても、この形は何らかの状態で残るでしょ?」
「それは、まあそうね。」
そんなわけで、いくつかの作品を購入した。その作品はラボに数点飾ってある。
長いことその作品を見ていたことで、その作品に隠されたメッセージを発見したらしい。
それによって作家とコンタクトが取れたのだという。
父は脳科学者だったが、政府関係の仕事についているという話だった。
母は早くに亡くなったと聞かされていた。だから物心がついたときはもう父と二人の生活だったし、それに不自由は感じてはいなかった。
父が不在の時は(それは多かった)、父の助手をしていた男性が二人で面等を見てくれていた。時々女性のスタッフも来てくれた。
だから父がいなくなっても、別段生活が大きく変わることはなかった。
まだ小さかったし、何故だか俺はあまり寂しさを感じる事はなかった。助手たちがしてくれる話や出してくれる課題(?彼らは明らかに俺をトレーニングしていたようだ)が面白く、それをこなす事が一番の楽しみだったからかもしれない。
もちろん、色々なことを知り、できるようになる事を父に話したかったが、いないものは仕方がない。
恐らく来るべき父の不在を彼らは知っており、それに備えて俺を教育していたのかもしれない。
日常として学校に通い、生活は淡々としたものだったが、部活動をやるわけでもなく、自宅にすぐ帰り、彼らから出される課題に取り組む毎日だった。